最初にハヤブサを雑誌で見た時のことは、今でも鮮明に覚えている。
それは「なんだぁ?この不細工なバイクは!」というものであった。
現在ヤマハ車に乗っているとは言うものの、元来はスズキ党の俺。過去乗っていたバイクはV-Max以外全てスズキ車なのだ。
その俺が見ても「不細工」以外に言うことが無かったそのフロントフェイス。
後で聞くところによれば、世間一般のライダーからの反応も同じようなものであったと言う。
もっともそれが「これだけ反応があるのは印象が強い証拠」とスズキが販売を決定する判断材料になったというのは非常に興味深いことだ。
・・・
ハヤブサが発売されてしばらくした頃、やはりスズキ党の某氏(GSXR1100所有)とハヤブサの話になったことがある。
互いに出てきた言葉は「不細工」「気味が悪い」「現行1100のデザインのままだったら良かったのに」などという否定的なものばかりであった。
バイク乗りとして一番の話題にしやすい1300ccのエンジンについてではなく、外観のデザインについての話しか出なかったというのも、今考えてみれば面白い話だ。
「誰が買うんだろうな、あんなバイク」我々は互いに顔を見合わせて笑ったものである。
まさか後に自分で買うことになるとは、当時の俺には知る由もない。
・・・
最初にハヤブサの実物を見たのは、某所で行われた試乗会であった。
無論ハヤブサは試乗車ではなく、展示車両として飾られていただけなのだが、それを見た俺はハヤブサへの印象を少々変えることになる。
「へぇ、意外に格好良いじゃん…」
雑誌の写真と言うのは、得てしてそのバイクの印象的な部分を強調しようとするあまり、画一的なアングルになる事が多いように思う。ハヤブサの場合で言えば無論フロントフェイスだ。
アップで撮られたフェイスマスクは確かに不気味以外の何者でもなかったのだが、こうして実物を前にすると、車体とバランスからか実に自然に感じられたのだ。
車体の前に屈み込んでフロントを眺める。悪くない。ヘッドライトからスクリーンへと立ち上がるリブの具合も、押し出しというか存在感というか、フラッグシップバイクの迫力のようなものさえ感じられる。
リアへ回ってみる。「尻の綺麗なバイクが良いバイク」というのが俺の価値観の重要なポイントだ。過去に買ったバイクのほとんども、充分納得できるリアビューであった。
(除、RG250γ初期型:まあこれも後に後期型のテールに換えてしまったが。)
ハヤブサのリアビューは実にシンプルだ。車体と同じ丸めのシートカウル、輸出仕様にしては短めのリアフェンダー、そして楕円形1灯のテールランプ。
「うむ、悪くない」
垂れ下がった尻というのは本来嫌いのはずなのだが、すっきりとまとまったテールに不快感は無い。 テールカウルの「GSX1300R」のロゴもアクセントになって良い感じだ。
「フェンダーレスキット入れると格好良いだろうな、ま、買おうとは思わないけど。」
まさか後に自分で買うことになるとは、当時の俺には知る由もない。
・・・
「175PS!世界最速!」などという謳い文句には、正直惹かれるものはなかった。
市販車にそれ程の馬力、速度が必要とは到底思えなかったのだ。
速いバイクは嫌いではない。否、どちらかといえば俺は、速く走れないバイクは嫌いだ、と言う方かもしれない。
その俺にしても300km/hオーバーの世界は非現実的すぎた。トルクはあればあるほど良いと思うが、最高出力ばかりを追い求める事には疑問符が付く。
俺にとってのメインの走りポイントである峠では、大切なのは「最高出力」ではなく「軽さ」であり「ハンドリング」である。その面から見てハヤブサは、R1等のレプリカバイクには到底敵わないように思える。いや、実際敵わないであろう。「腕が同じなら」という条件付きはあるが。
但し、ハヤブサの重厚感というか質感はさすがであった。フラッグシップを自認するだけあって各部の造り込みにはスズキの気合というか思い入れが感じられる。
「所有感はあるよな」
この時、少々心が動いていたのも紛れも無い事実である。
・・・
最初にハヤブサを街中で見かけたのは、某バイクパーツ屋の駐車場であった。
黒いハヤブサが駐車場の片隅に停まっており、オーナーらしき人物が近寄って行く。エンジンを掛け、ゆっくりと走り去って行くハヤブサ。
それを遠めに見ながら、俺は「人が跨った姿も悪くないよなあ」と考えていた。
バイクに乗ったライダーの姿が格好良いというのも俺の価値観の重要なポイントだった。
「人が乗ってこそのバイク」であると思う。俺は単体でいくら格好良くても、人が乗って様にならないバイクには興味がない。自分が乗って他人から格好良く見えるかどうかはまた別の話ではあるが。
・・・
この辺りから、俺はバイク雑誌のハヤブサの情報に敏感になるようになる。
いわゆる「バイク欲しい病」の初期症状だ。ありとあらゆるバイク雑誌に目を通すようになり、「ハヤブサ」の文字を見かけると食い入るように記事を読む。
「ちょっとヤバいかな?」自分でもそう感じつつ、それでも、まさか後に自分で買うことになるとは、当時の俺には知る由もなかった。
・・・
大きな要因はV-Maxの存在である。
こいつに乗って早8年、俺は充分な満足を得ていた。
飛ばして良し、流して良し。その迫力あるスタイルといい押し出しといい、暴力的なその乗り味といい、他のバイクでは到底代替できるものではない。
スタンダードでの不満な点はほぼ自分なりに解消させたし、エンジン等もまだまだ現役、さすがに足回り等に多少のヘタりは出てきているものの、手を掛けてやればその魅力が減ることはない。
これを売るなどという事は到底考えられなかった。
あくまでも「仮に」と考えた場合でも、90年式の米式V-Max。走行距離は24000マイルオーバーのこのバイクは、売ってもさほどの金にはならないだろう。
市場にタマ数の多いV-Maxは希少価値も少なく、より高年式の車両が山のように出回っていたからだ。
幸いにして自宅にガレージのある俺にとって、バイクの置き場所に困る心配はなかった。やはり、贅沢とはいえ2台体制(Vγも入れるなら3台だが)というのが一番理想的であろう・・・・・・と、この辺りで既に「ハヤブサを買ったら…」と仮定している自分に気付く。
あぶないあぶない、これは既に「中期症状」だ。
・・・
ぼんやりと考える毎日が続く。だが未だに「買う」ということが現実的には思えない。
買ってきた「ハヤブサ本」をめくり、雑誌の記事を眺める。「金もないくせに」「ガレージ狭くなるぞ」「V-Maxで充分じゃないか」「オンロードを2台も持ってどうするんだ」頭の中を悪魔(天使か?)が飛び回る。
「くそぉ・・・」そう思いながらガレージを掃除して、もう一台入れる場所を造っている俺。
買うのか、もしかして本当に買うつもりのか?俺・・・
・・・
ある休日、市内をぼ~っと四輪車で流していた俺の横にハヤブサが並んだ。
黒のハヤブサに黒のジャケットが格好良い。「俺のツナギでもぴったりだよな…」
シグナルグリーンと共に、ヨシムラのトライオーバルを付けたそのハヤブサが、意外に低い排気音と共に走り去って行く。
「やっぱりスズキの直4にはヨシムラの集合だよなあ…」
思えばこの出会いが決定的だったのかもしれない。見送る俺の頭の中には、既にハヤブサに跨った己の姿が浮かんでいた。
・・・
俺はそのまま、バイク屋に向かった。
現在付き合いのあるバイク屋のない俺だったが、それが幸い(災い)して、変に義理に縛られる必要がない。近隣でハヤブサを扱う店舗は既に調査済み。目ぼしい店を回って見積書をもらうのだ。
某大手チェーン店、いろいろ話題の多いチェーン店だが俺は決して嫌いではない。
新車はもちろん中古車も多いし、「買う」事に限定すれば価格、サービスともになかなか満足できるのではないかと思う。整備の質云々については知る由もないが、担当の整備士の質(腕)にバラつきがあるのはどこの店でも一緒のはずだ。
さすがは大手、実車在庫があった。但しどうやらヨーロッパ仕様のようだ。パッシングスイッチ、ライトオンオフスイッチが標準装備なのは有難いが、マフラーには触媒が付いている筈だ。(この辺の情報も既に調査済み)
パワーに変わりは無いとは言うものの、俺の欲しいのはカナダ仕様。聞くとそれが入ってくるかどうかははっきりしないとの事。とりあえず見積もり書を作成してもらう。価格はまあ予想どおり。礼を言って店を出る。
次は普通のバイク屋。しかし中古車の在庫を山のように抱える結構な大店舗だ。
休日の午後ということもあり、店の中は常連で賑わっている。
親父さんらしき人に声を掛け見積もりをお願いする。先の店に比べると比較的大雑把な見積もりだが、価格はまあまあといったところ。常連が多いということはそれなりに居心地の良い店なのだろう。
客の物だというGSXのレース仕様も置いてあったりするから整備の面では安心できそうだ。親父さんに、注文があってから取り寄せするので納期ははっきりしない…と念を押される。
まあ良い、急いでいるわけではないのだ。
3店目、スズキの販売店だ。
さすがに「スズキ」の看板を抱えるだけあって在庫は多い。今一番人気だという00年式の青銀カラーも置いてあるのでじっくりと観察する。
カキウチ(スズキ車の輸入を行う会社)経由で入ってきているだけあって全てカナダ仕様のようだ。
ふと気付く、99年式の初期型の新車も置いてあるのだ。俺が欲しいのは黒銀カラー、他の色と違い、このカラーだけは99年式にも存在する。置いてあったのはまさにこのカラーだったのだ。
「これ、いくらになりますか?」
興味本位に聞いてみる。
俺は本来旧型(あえてこう呼ぶ)には手を出さない。発売→クレーム(表に出る出ないを問わず)→改良、を繰り返して行くバイクは、新しいほど信頼性が上という事実を身をもって知っているからだ。
00年式と99年式との価格差は、丁度、オールチタン製のフルエキゾーストマフラー1本分であった。
見積りを貰い礼を言って店を出る。
当然、ここも整備には問題ないであろう。販売店だけに情報も早い事だろう。
・・・
予算が充分にあれば迷うことなく00式だ。これならどこの店でも買える。
しかし当然ながらそれは望むべくも無い。安ければ安いほど有難いのだ。
だが99式を買うならば早めに決定しなければならない。地方の1都市には、好みの色の現車が何時までも残っている保証などどこにもないからだ・・・
あれこれ考えながら帰る。この時点で頭の中は、既に「買うか買わないか?」から「00年式と99年式のどちらを買うか?」に置き換わっていた。完全に「末期症状」だった。
・・・
初期型である99式の問題点は、インターネットやパソコン通信で数多く聞いていた。
リコール扱いとしてはカムテンショナーの不良だけだが、その他にも燃料パイプの取り回しが原因でのガス欠症状、ガソリンフィルターの詰り、入りの悪いミッション、曇りがちなヘッドライト、と列挙するだけで相当なもの。スズキの販売店に展示してあった車両にはOKマークが貼られており、リコール部分は対応済みの様子だが、それ以外の問題点については発生してからクレームをつけるしかないであろう。
00式でどれだけ解決しているかわからないが、少なくとも99式を買うのであれば、それ相応の覚悟が必要のようだった。
・・・
悩む、本当に悩む。
昼は会社でインターネット、帰りがけに本屋で雑誌を漁り、夜はガレージで頭を抱える日々。
「バイクは何を買うか迷っているときが一番楽しい」とは良く使われる言葉だが、果たして俺は今楽しんでいるのだろうか?
・・・
某日、ふらりとスズキ店を訪れる。
例の99式はまだ展示されている。この年式を買うならやはりこの店だ。やはりこいつだろうか?出るであろうトラブルがあらかじめわかっているというのは、決して悪い事ではない。
(無論トラブルの無いのが一番だが)
また00式との価格差で相当のアフターパーツが購入できるというのも魅力的だ。
実車を前に悩んでいると、俺の事を覚えていてくれたらしい店長が声を掛けてきた。
店のカウンターに座り話をする。「ハンドルが低いからなあ」「カウルも伏せないと辛そうだし」あれこれハヤブサ話が興味深い。
思いついて「レーシングサプライのスクリーンって入るんですか?」と聞くと、ごそごそとパンフレットを調べてくれる。
「あ、大丈夫ですね、入ります。これくらいでしたらサービスできますけど?」
「…下さい。」
こうして、あっけなく99式の購入が決定した。
あらためて注文書を書いてもらいサイン。内金に幾ばくかの金額を置いて、登録の委任状と住民票は後で郵送することにする。
「一週間で納車できますから。」笑顔の店長に見送られて店を出る。
そうか、買ったか。買ったんだな、俺・・・・・・西に沈む夕日が眩しい。
そして明日からの昼飯は、当分の間カップラーメンが続くはずである・・・
~了~
|