「ナンシー」とは一体なんであろうか?
それは、我々バイク乗りに唐突に話しかけてくる、愛すべきおじさん・おばさん達の事である。
バイク乗りであれば、一度は彼・彼女等に出会ったことがあるのではないだろうか。
「これ、なんしーしー?」
代表的なその鳴き声は、何故か、地域、時代を問わず共通であるという。
しかし、その生態については、今だ知られざる部分も多いのだ……
ナンシー、その鳴き声
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「これ、なんしーしー?」
(これは何ccですか?)
命名の由来ともなったのがこの代表的な鳴き声である。また、その亜種も多数報告されている。
「これ、はーれー?」(これはハーレーダビッドソン社製のバイクですか?)
「これ、ななはん?」(これは750ccのバイクですか?)
全て、バイクの大きさを尋ねる台詞と思われる。
ハーレーかどうか?が大きさに対する問いかけである。との解釈には異論を唱える向きも多いだろう。
しかし、ナンシーからこう問い掛けられるのは、なにも本物のハーレーダビッドソンと見紛うようなアメリカン車に限った話ではないのだ。
真っ赤なドゥカティ、BMWのビッグオフ、あるいはホンダのスーパースポーツ。
どんな形状のバイクであろうと、見た目大型車であれば、ナンシーから「これ、はーれー?」と問い掛けられる危険性を孕んでいるのである。
これこそナンシーが、この言葉をバイクの大きさへの問い掛けとして使用している何よりの証拠と言えるのではないだろうか。
またナンシーにとって、バイクの大きさの基準は全て「750cc」であると考えられている。
ナンシーにとっては、ナナハンだけが大型車なのだ。
従って、「これ、ななはん?」との質問に対し、うっかり、「いえ、1200ccですよ」などと答えようものなら、
「ふ~ん、で、それはななはんよりおおきいんかい?」(それは750ccよりも大きなバイクなのですか?)
などの返事が返ってくることは間違いない。
※余談だが、「はーれー」を「ななはん」だと信じているナンシーの割合は全体の90%を越えると言われている。
更に、ここまで便宜上使ってきた「排気量」という言葉だが、それを理解しているナンシーは皆無である……と言うより、ナンシーにそのような概念はない。
「cc」「ナナハン」等の言葉は、全て慣用句として使用されているのだ。
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「これ、なんきろでんの?」
(このバイクはどのくらいスピードがでるのですか?)
おそらく最高速に対する問い掛けと思われる。
しかし、実はナンシーにとって、具体的な速度というものはまったく意味をなしていないのだ。
何故ならナンシーにとって、速度とは「はやい」「おそい」の2種類しか存在しないからである。
そして、ナンシーの頭の中には「おおきなばいくははやいばいく」の方程式が燦然と輝いるからである。
全ての速度に関する質問は、この方程式を確認する為のものでしかない。
従って、あなたの答えが何であろうと、それでナンシーの認識が変わる事はない。
言い方を換えれば、ナンシーは、あなたの答えなど聞いていないという事である。
「300km/h出ますよ」や「80km/hが精一杯ですね」、あるいは「秒速30万キロです」
そう答えたところで、ナンシーは変らぬ返事をあなたに返してくれる事だろう。
その返事とは、
「へぇ~……」(……)
の一言である。
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「おれもむかしはのってたんだよ」
(私も以前はバイクに乗っていました)
実はこれは要注意の鳴き声である。
何故ならこれは、ナンシーが昔話語りモードへ入る前兆と言えるからだ。
あなたにもし、少々の時間と暖かい慈悲の心があるのならば、ナンシーの昔話にお付き合いするのも興味深い経験となることであろう。
だが、これから始まるこの昔話は、9割9分誇張されたものである事を強く意識して聞く必要があると言える。
ナンシーの昔話の時代、大型バイクは途方も無く高価であった。
話の中に「陸王」「インディアン」などという話題が出てきたならば、このナンシーは、とんでもない大金持ちの道楽息子だったか、とんでもないホラ吹きかのどちらかである。
話の中に「Z1」「マッハ」などという単語が出てきたならば、このナンシーは、これまたとんでもない大金持ちの道楽息子だったか、カミナリ族だったかのどちらかである。
「持っていた」は「一度乗ったことがある」、「乗っていた」は「跨ったことがある」と翻訳しながらナンシーの昔話に耳を傾けよう。
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「おれもめんきょはあんだけどな」
(私もニ輪車の免許を持っています)
これは上記とは異なり、比較的安全な台詞であると言えよう。
何故ならば、ほとんどの場合、この後に続くのは、
「もうのれねぇけどな」(今乗る事は難しいでしょう)
であるからだ。
もちろんここで言う「めんきょ」が、4輪免許のオマケに無制限の2輪免許が付いてきた時代の話である事は言うまでもない。
さて、ではナンシーは、何故今は乗れないのに二輪免許を持っている事を我々に語り掛けてくるのであろうか?
「あんたはワルなんだろう?」
「おれもむかしはワルだったんだよ」
そう、ナンシーにとって、バイクはワル(悪)の乗るものなのである。
そして同じワルである(と思っている)我々ライダーに、「今こそ違うが、かつては自分も同じようにワルかった」(と思っている)と伝えたいのである。
ここは広い心をもって「そうなんですか!」と大きく頷いてあげる事が寛容といえるだろう。
くれぐれも、
「どうして今は乗っていないんですか?」
「俺もフェラーリに乗れる免許持ってますよ」
等の意地悪な返答をしないよう、心がけたいものである。
ナンシー、その種類
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観光客ナンシー
もっともよく観察されるのがこのタイプのナンシーである。
何故よく観察されるかについては、
「旅行途中の浮かれ気味の精神状態がナンシーの本能を呼び覚ます」
が最も有力な説として知られている。
多少酒に酔ったナンシーが観察されるのも観光地の特徴だが、酔ったナンシーへの対応には非常な注意が必要とされる。
先述の「昔話語りモード」が多いのはもちろん、
「ちょっとのらしてみろ」(あなたのバイクに乗ってみたいです)
などと強引に迫られる場合もあるからだ。
このような場合には、
「このバイク、200万円するんですよ」
「倒したら修理費は40万円くらいかなぁ?」
などとやさしく諭してあげる事が、ナンシーにとっても我々にとっても一番平和な解決策であると言えるだろう。
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地元民ナンシー
こちらが旅行中の場合に遭遇するナンシーである。
大抵の場合、相手は行動中(仕事・散歩)であり、単純に物珍しさから話し掛けてくる事が多い。
この場合、ナンシー自体も行動中である事から、長時間しつこく話す事はほとんどなく、わずらわしさを覚える事も少ない。
逆に、ナンシーから地元民ならではの情報を収集できる事もあるのだ。
この種のナンシーには、旅行中の一エピソードとして楽しみながら積極的に応対するのが最も冴えたやり方といえるだろう。
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子連れナンシー
子供と一緒にやってくるのが子連れナンシーである。
その鳴き声は、全て同伴の子供に対する問い掛けの形で行われる。
「すごいねぇ~」「おっきなばいくだねぇ~」「かっこいいねぇ~」
これらの鳴き声は子供への問い掛けであり、こちらに対するそれではない。
従って、「いやぁそれほどでもないですよ」などと生真面目に答えると、返事が帰って来ずに莫迦を見る場合が多い。
明確なアクションがあるまで黙殺するのが肝要といえるだろう。
但し、子供のナンシーの動きにはくれぐれも注意していたいものだ。
焼けたマフラーに子供の手形が残るような事があると、マフラーを買い換える必要と共に、いろいろ面倒な事態となるからである。
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集団ナンシー
複数のナンシーが同時に現れる事も珍しくはない。
観光バスの乗客のナンシーにこのタイプが多く見られるようだ。
この時、ナンシーのナンシー的会話は、彼ら内部で処理されてしまう場合が多い。
「これ、なんしーしー?」(このバイクは何ccなのでしょうか?)
「ななんはんじゃねぇんかい?」(きっと750ccでしょう)
「なんきろでんだろうねぇ」(スピードはどれくらい出るのでしょうか?)
「はええんだろうねぇ」(きっと速いと思います)
「しかしおっきいねぇ」(それにしても大きなバイクですね)
「おれらにはもうのれないね」(私達が乗ることは難しいでしょう)
こちらが応対しなくても一通りの儀式が行われ、満足したナンシー達が燦々轟々去って行く……などの自己完結現象もしばしば観察されるようだ。
ある意味とても扱い易いナンシーと言えるだろう。
しかし、大勢の場合はその集団心理から過激な行動(前述「ちょっとのらしてみろ」等)に移る場合もあるので注意は怠り無くしたい。
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はぐれナンシー
一匹狼のはぐれナンシーは非常に取り扱いが難しい。
もともと寂しがりやのナンシーだけに、うかつに返事をするといつまでも話し続けるだけでなく、こちらにも、返事、相槌が要求される。
急いでいる場合には非常に迷惑なナンシーであると言えるだろう。
但し、気をつけねばならないのは、このはぐれナンシーと「年季の入った親父ライダー」との区別がつきにくいところである。
百戦錬磨の親父ライダーをナンシーだと思い込み、いいかげんな応対をして、逆にやり込められてしまったライダーの数は決して少なくないという。
どちらか判断がつきにくい場合には、「ネモケンの言うリアステアって今一つわかりにくいと思いませんか?」などと、業界用語を絡めた質問で様子を伺うことが必要であろう。
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若年層ナンシー
ここまで高年齢のナンシーを対象に述べてきたが、例外がこの若年層ナンシーである。
彼らは20歳前後の若者である場合が多い。
そしてその興味は、大排気量車というより、バイクブームであった1970~80年代の中型(普通)バイクに向けられる事が多いのだ。
懐かしさから'80年代の中間排気量車に乗る親父ライダーが、自分の息子、あるいは孫のような年齢のナンシーから「これ、なんしーしーっすか?」(このバイクの排気量は何ccですか?)と問い掛けられる場合があるという。
これが「旧車」という訳のわからない風潮の影響である事は否定できないだろう。
そしてこのような場合、高年齢ナンシーと親父ライダーの見極めが大切であるのと同様に、若年層ナンシーと珍走団構成員との見極めが非常に重要なポイントであると言えよう。
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外国人ナンシー
近年増えているのがこのインバウンド外国人ナンシーである。
日本を訪れ、日本の文化に触れようとしているナンシー。
4大オートバイメーカーを抱える日本に住む我々としては、できるだけ丁寧な対応を心がけたいところである。
しかし、国により習慣は大きく異なる。こちらの想定外の行動に移るナンシーもいるに違いない。
先の集団ナンシー的になりがちな点にも注意が必要である。
最も気を付けるべきは、言葉が判らないからといい加減に応対してはいけないということだろう。
日本人にありがちな、薄ら笑いを浮かべてうんうん頷きを繰り返すのは大変に危険な行為である。
「OK!」と写真を撮られSNSにアップされる程度ならまだしも、勝手に跨がられたり、エンジンを掛けられたり、挙句の果てに乗り去られたりしないよう十分に注意されたい。
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「なんしー・ナンシー」は管理人Ak!rAによる造語です。
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※公開:2001/11/04~
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