■ツーリングレポート セロー 宮城

 

ノープラン宮城ツーリング記

<3>

あとは帰るだけ…とならないのが俺のツーリングなわけでして

 

 

garage Ak!rA

 

<2011年5月4日>

いろいろと起こりますね

 朝6時半起床。

 ホテルのフロアでサービスのコーヒーとパンをもぐもぐやりながら外を眺めたのだが、空は昨日以上に雲が厚い
 「今日はどうしようかな?ま、出てから考えるか…」

 ゆっくりと落ち着いての出発は8時半。

 さて、せっかくだから昨日宿泊できなかった鳴子温泉でも回ってくるかとも思ったのだけれど、温泉のある西にはここ以上に真っ黒な黒雲が見えている。
 「ヤメヤメ、他に回るとしよう…」


 国道4号線を北へと走り、「伊豆沼」という沼へ寄ってみる。ここはラムサール条約にも登録された野鳥が見られる場所らしい。
 沼の脇には管理施設(?)があるのだが、2階建ての建物は窓が壊れ板が打ち付けられていた。やはりこの辺りでも地震の揺れは相当なものだったようだ。


静かな湖畔でした

 湖畔の駐車場にセローを停め、沼の上を飛ぶ鳥の群れ見ながらぼ~っとしてみる。

 時間はまだまだ早いが、特にこれから行きたい場所はない。昨日一昨日で見るべきものは充分見たような気がする。
 そしてさほどの距離を走っていないにも関わらず、精神的にはセローで1週間北海道を走り回ったかのような疲れがある。  
 「よぉし、ならちょい早いけどここから帰り道ってことにするかぁっ!」

 久しぶりに宮城県まで来たのだ、帰りは高速道路のサービスエリア巡りでもしながらまったり帰ることにしよう。

 築館ICから東北道へIN。
 Uターンラッシュにはまだ早い…と思っていたのに、そこそこの交通量があって驚いた。

 長者原SA。
 このSAからもラムサール条約登録の「化女沼」というのが見えるのだが、それは…まぁ沼だった(なんじゃそりゃ)

 菅生SAで給油。

 小腹が空いたのでハンバーガーを食い、土産にとゴマくるみ入りあべしゆべしを買ってみる。
 そして二輪駐車場で待ち構えていたフジテレビのインタビュアーに捕まりそうになり、慌てて逃げたりもする。
#GWに東北を回ってる(っぽい大荷物を積んだ)バイクを狙っていたよう。今日は取材日和だったのか他のSAでもTBSとか福島TVの中継車をみかけた。


そして後から入ってきたBAJAのライダーが捕まってました(笑)


 土産をバッグに詰め込んで出発。本線へと合流して車の流れに乗って速度は…「ありゃ?メーターが動いてないぞ?」

 ゼロを指したままのスピードメーター、当然オドメーターも動いていない。
 「メーター裏でケーブルが外れたかな?そういえば先代V-Maxのスピードメータケーブルもよく緩んだっけなぁ…」

 次のPAに入り、ヘッドライトを外してメーター裏を覗く。「う~ん、ここは緩んでないか…ってことは?」

 メーター裏と共に、ホイール側のネジも外してケーブルをフリーにする。
 ケーブルの下の端子を回して上の端子が…回らない。「はい、切れていますよっと」
 まぁ4万キロ以上走っている車両だから仕方がない。それにスピードメーターが動かなくても走りにはあまり問題ないわけだし。


また駐車場でこんなことやってます

 それっと走り出す。
 南へ降りるにつれ交通量が更に増えた東北道、左車線の流れは体感で90km±10km/hというところだ。

 速度(回転数)が判らなくて怖いのは、下り坂とかで知らずに高回転まで「回されてしまって」焼きつくことだ。
※自分で「回して」いるうちはそんなに怖くない→焼き付き
 この速度なら問題ないから大丈夫。あとさっき給油したばかりなので、距離がわからなくても自宅まで無給油で大丈夫っと。
#ホント、無給油でいいってのは安心できるよなぁ…

 たぱたぱと快適に走る東北道、それは福島県から栃木県へと入ったあたりだった。

 混雑はしているがそこそこ流れていた周囲の車が急に減速を始める。
 なんだ?と間を抜けると、前方に転がったバイクが1台、その前に車、左にもう一台のバイク。
 「あ、事故か…」

 後ろになった車の列に手とハザードで合図する。車列が完全に停まったのを確認して左へ出、路肩にセローを停める。

 事故は本当に「今」ぶつかったところだった。2車線道路の真ん中に転がったバイクとライダー、乗り手は動かない。

 転倒者のもとへと向かい、大声で呼びかけると返答が帰ってきて一安心。
 後ろの車から降りてきた人に、車の通行を停めていてもらうよう依頼。
 第一当事者と思われる人に救急と警察への連絡を依頼。場所を高速のキロポスト(路肩にある小さな○km表示板)で言うよう念押しする。

 もう一人のライダーと共に、転がったバイクを起こして路肩へ。
 転倒した本人に手足の指を動かせることを確認(脊椎損傷とかの心配)し、寝かせたまま路肩へと運ぶ。
 本人から免許証と携帯電話を預かり、番号を聞いて自宅へと連絡。救急・警察到着後の聞き取り…と久しぶりにフルの事故処理となった。
※さしさわりがあるといけないので詳細は略

 転倒者は多少意識の混濁はあったものの(多分)速度が低かった事もあり大きな怪我には至らなかった。(と思う)
 とはいえ、打撲(もしかすると骨折も)・擦り傷は多数、これはプロテクターの類をつけていなかった影響が大きい。
 ヘルメットは無論として、上半身・下半身のプロテクタの重要性を感じさせられた出来事だった。

 俺的な反省点としては、「救急車が来るまで道路を完全封鎖して転倒者は動かすべきではなかったか?」がある。

 本人の意識があったこと、手足の指が動かせた事、四肢が大きく折れている風ではなかったこと(但し外観のみ)そして車線のド真ん中だったことから判断したのだが、今考えるとあのまま待つべきだったのかもしれない。
 救急車の方が、担架に載せるのにもしつこいほどチェックを繰り返していたのを見てその思いを強くした。

 また、もし大量の出血や開放骨折でもあったらはたして冷静に対処できたか?の思いもある。
 きっと驚いてあたふたするだけだったろう、血や骨って実際見ると非常に怖いものだから。
 救急時の対処に関しては自分なりに勉強したつもりでいたのだけれど、やはり講習会等に定期的に参加しておくべきなのかもしれない。

 それにしても今更だが、緊急連絡先の準備と言うのは重要だ。免許証には自宅の電話番号は書いていないからだ。
 今回の事故でも、当人に意識が無かったら自宅へ連絡することはできなかっただろう。
 以前blogに書いたとおり、俺はウエストバッグにバイク用のカード入れを常備するようにしているのだけれど、ここにも連絡先を書いた紙を入れておくことにしよう。


 「事故の後にあれこれ考えて事故を起こしてしまう事もありますから気をつけて」という警察の方の言葉に送られて現場を出発する。
 そしてその通り、ついいろいろと考えてしまう。いかんいかん、考えるのは帰った後あと。

 行き同様、矢板ICで東北道を降りる。
 安全運転で一般道を走り、自宅近くで最後の給油を済ます。給油量はほぼ思っていたとおり。

 いろいろとあったせいで、帰宅は17時となった。
 うひ~、早く帰って洗車しようかと思ってたけど……ごめんなセロー、明日まで待ってくれよ。

本日の走行距離:450km、3日間の総走行距離:980km
教訓:ホント、いろいろありましたね・・・

総括

  さて、いろいろと考えさせられた3日間でした。

 震災地に関して感じたことは別ページにまとめますが、行くべきだったかどうか?については「行って正解だった」が俺の結論です。

 走った距離はさほどではないんですが、今回のツーリングでなにか「俺的スキル」が少しだけ上がったような気もしますね。

※「ゴマクルミ入りゆべし」はお土産としてお勧め(笑)


 

 

 

■ ご注意 ■
 ツーリングレポート中の数値・金額・時間・時刻等の表記は、特に記載のない限りツーリング当時のものであり、現在とは異なる可能性があります。

 

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